城北埼玉学園理事長
森泉 秀雄
理事長 森泉 秀雄 挨拶
本学園は昭和55年(1980年)に城北埼玉高校・普通科男子校として開校、平成14年(2002年)には中学校を併設し、中高一貫校として再スタートしました。
「心身ともに健全で自律的な努力に徹し得る人間の育成」を建学の精神とし、校訓「着実・勤勉・自主」と教育の2本柱「人間形成と大学進学指導」のもと、男子の進学校として着実に進学実績を重ねてきました。
本学園は、地域住民はもとより生徒・保護者等の信頼と期待、要望等に応えるため、更なる学力向上を目指した改革に取り組み、より良い生徒を集め、より良い生徒を育て、より良い学校に作り変えていくことが社会等のニーズに応えることであり、国家社会に有意な人材を輩出することになると考えております。
具体的には「文武両道=武を尊重した文の優先」と「団体戦=学び合い・励まし合い・支え合いの精神」によって、学業はもちろんのこと部活動、学校行事、委員会活動等に一生懸命に取り組み、バランスのとれた悔いのない学校生活を求め「楽ではないが楽しい学校、楽ではないが面白い学校」を築くこと、これを教育の方針としております。
また、理事長の学校経営基本姿勢・判断基準としては、以下の通りであります。
「生徒のためになるか、保護者の理解が得られるか、世間一般に通用するか、誰に対しても申し開きができるか(説明責任を果たせるか)、学校の発展に寄与するか、人権尊重の精神に反していないか」
以上をふまえ、生徒・保護者の皆様にとって城北埼玉学園が「安心・安全」な環境であるよう精進して参ります。皆様のご支援・ご協力をお願い申し上げます。
沿革
| 昭和54年 6月 | 城北学園理事長兼校長近藤薫明、城北中学・高等学校と同一の建学精神を持つ高校を埼玉県川越市に建設する計画を公表する |
|---|---|
| 昭和54年11月 | 川越市農業委員会及び関係各省庁に農地転用許可を申請する この日(11月11日)を本校開校記念日と定める |
| 昭和54年12月 | 本校の正式校名を「城北埼玉高等学校」と定める |
| 昭和55年 4月 | 第1回入学式及び開校式を川越市市民会館にて挙行1期生267名 高等学校長 近藤正己就任 |
| 昭和55年 9月 | 校舎1号館および第1グラウンド、バレーボールコート、テニスコート等完成 |
| 昭和55年11月 | 校舎2号館完成 学校法人城北埼玉学園として独立 理事長 近藤薫明就任 |
| 昭和56年 3月 | 体育館完成 |
| 昭和57年 1月 | 本館管理棟完成 |
| 昭和57年11月 | 武道館完成 校舎完成記念式典を挙行 |
| 昭和60年 7月 | 城北埼玉学園生徒寮「白樺荘」(群馬県猿ヶ京温泉)完成 |
| 昭和61年 3月 | 室内温水プール及び第2グラウンド(荒川河川敷野球場)完成 |
| 昭和62年 4月 | 校舎3号館完成 |
| 昭和63年 8月 | 米国・ハワイ島所在・ハワイ プレパラトリー アカデミー(HPA)と姉妹校提携を結ぶ |
| 平成元年 4月 | コンピュータ利用に関する研究指定校(文部省)に委嘱される |
| 平成 2年10月 | 創立10周年記念式典挙行 |
| 平成 4年 8月 | 全館冷暖房施設完成 |
| 平成 4年12月 | 理事長 近藤正己就任 学園長 近藤薫明就任 |
| 平成 6年 9月 | ドーム型食堂完成 |
| 平成 7年 9月 | 創立10周年記念事業(パソコン室・理科演示実験室・進学資料室等)竣工 |
| 平成11年12月 | 理事長 近藤文彦就任 |
| 平成12年 4月 | 学校長 磯部徳彦就任 |
| 平成13年 7月 | 埼玉県知事より城北埼玉中学校の設置計画の承認(通知)を受ける |
| 平成14年 3月 | 近藤記念ホール竣工・テニスコート2面増設 |
| 平成14年 4月 | 城北埼玉中学校開校 第1期生181名入学 中学・高等学校長 近藤文彦就任 |
| 平成15年 3月 | 第3グラウンド拡張工事完成 |
| 平成16年 4月 | 文化・体育委員会新部室完成 |
| 平成23年 4月 | 中学・高等学校長 森泉秀雄就任 |
| 令和2年 4月 | フロンティアコース設立 |
| 令和5年 12月 | 理事長 近藤明彦就任 |
| 令和7年 4月 | ユネスコスクール加盟 |
| 令和8年 4月 | 理事長 森泉秀雄就任 |
| 令和8年 4月 | 中学・高等学校長 曽根一男就任 |
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